Improvisation – Setting Scenes 2/2

前回に続いて、即興場面設定の話ですが、私の中でその起源はこれなんじゃないか?ということを書きます。

子供のころ、何かの拍子に、どっかの世界に行ってしまうことがよくあった。そういう時、目は開いているんだけど、目の前は靄がかかっていてよく見えない。その場面だけが鮮明に見える、見えるというより、その中にいる。どっぷりその世界に入ってしまった時は、ちょっと戻るのが難しいくらい。

子供のころバレエをやっていて、物語の中に入って踊っていたから、その力が強化されたのか、もともとそんな空想が得意なのか、子供なら誰でもそんな力を持っているのか、わからないけれど。

バレエの時は、役作りしようなんて思わなくても、その世界に入っているから、その役にすんなりなれていた気がする(いや、先生から見たら子供のそれなんて不十分だったのかもしれないけれど笑)

10歳くらい?で、くるみ割り人形でクララ役をいただいたことがある。たとえば、雪のシーンでは、雪の精が踊るたびに粉雪がキラキラまっていて、雪の精が方向を変えて、風の向きが変わるとその粉雪のキラキラの方向も変わる。それくらい鮮明に見えていたのです。

クララの心情を思い浮かべて、それに合わせて動くという予定調和ではなくて、その世界に入って、リアルタイムでそんなことが起こっていて、それに反応して動いているだけという感覚だった。繰返し繰り返しお稽古して、次の展開も全て知っているのに、毎度、次の展開にワクワク、はハラハラ、ドキドキしていた。

物語が進む速度と、私の(クララの)心の速度は同じだったんだと思う。

なんて言葉で説明したのは、27歳の今日が初めてですが(笑) 約17年前の私は、何も考えずに、物語の世界に入って踊っていたらしい。

音楽や周囲と、自分が【同時進行】が鍵みたい。追い越さないし、置いてかれても追いつこうと焦らないし、今、今、今を紡ぐだけ。

つづく…

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