コロナの影響で豆腐屋と八百屋と鶏肉屋に行き始めた話

コロナの影響で豆腐屋と八百屋と鶏肉屋に行き始めた話

スーパーでの買い物が嫌いで2年前に使い始めた宅配スーパー。早ければ注文当日に届くこともあるような便利さ。品も悪くない。とくに産前産後は重たいものを運ばずに済んで、本当にありがたかった。宅配スーパーさまさまである。

 

でも、最近は宅配スーパーをやめて、個々の商店に買い物に行く生活に変わった。

 

コロナの影響で宅配注文が殺到し、注文から10日以降しか配達日が選べなくなった。しかたなくスーパーに行ったところ、比較的すいている時間を選んでもそれなりに人が密集する。まだ生後8ヶ月の娘の「こに」はおとなしくマスクをつけてくれるわけないので、やっぱりスーパーはやめよう。

 

そこで、昔ながらの商店である。店内に入らず軒先で買うので、3密にならないからというのがきっかけだったのだが、この買い物が実に楽しい。

 

なんで楽しいのか考えてみると、大きくは2つ。

 

1つは、ありがとうございます、と声に出して伝える対面の買い物するのはやっぱり気持ちがいい。子連れだとすぐ覚えてくれて「今日はすやすや寝てるねえ、かわいいねえ」など声をかけてくれるのも嬉しい。

 

2つめは、値段を気にしないから。豆腐屋と鶏肉屋(卵も買う)は年中同じ値段。八百屋は値札すら無く、おじさんの言い値。

 

私がスーパー嫌いなのは、お買い得だ!セールだ!と1円を競った赤いマジックの値札に圧倒されるからだ。

 

その値札につい誘導され、買うはずの野菜は変更するわ、予定になかった果物を買うわ、そうやって生鮮コーナーでは1円単位でお買い得を求めていたくせにレジ前で100円のおまんじゅうを2つもかごに入れるわ・・・もうほんとに支離滅裂な行動をしてしまうからだ。

 

それに、そもそも安さを基準に買い物をすること自体おもしろくない。そう思っているはずなのに、スーパーという魔界に足を踏み入れた途端、狂ってしまうのだ。

 

その点、商店では軒先でほしいものを伝えるだけでいい。安いから買うのではなくて、ほしいから買う。ただそれだけ。

 

値札のない八百屋でも値段を聞いたことはない。カブは100円といわれても200円といわれても結局買うし、さすがに千円ってことはないだろうし。

 

ちなみに、この八百屋はすべて100円単位で、10円、1円の端数はないようだ。軒先でほしいものを伝えたら、ダンボールの蓋(かごの代わり)に野菜をどんどん入れてくれ、お会計では歯の抜けたおっちゃんが「百の二百の四百の…」とぶつぶつ言いながら暗算。「はい2300円ねー。まいどー。」というかんじ。

 

シンプルでとても良い、気持ちがいい。

 

自粛期間の唯一の外出である食料の買い出しが楽しい時間になって救われている。